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普天間の黒い壁
平和の祭典、アテネオリンピック開催期間中の2004年8月13日、沖縄国際大の校舎に米軍ヘリが墜落、爆発炎上するという事故がありました。 宜野湾市街の住宅密集地に位置する普天間飛行場の危険性が、改めて浮き彫りになりました。

事故発生後、消防士が消化活動を行ったほかは、米軍により一切の立ち入りが禁止されました。墜落現場周辺の公道には黄色いテープが張られ、県警や外務政務官ですら立ち入ることができません。立ち入り禁止の理由は「危険だから」。 しかし、ファーストフードの配達バイクを通していたことが後に目撃されています。

県警が現場に入れたのは、機体が持ち去られた後のこと。これら一連の行動は証拠隠滅とも受け取られかねず、後日、念のため放射能汚染等の環境調査が行われました。

校舎のコンクリートは剥がれ、鉄線が剥き出しになっています。

事故当日は夏休み期間中だったことも幸いし、日本人の死傷者数は奇跡的にもゼロでした。 しかし、事故原因が明らかにされぬまま、沖縄国際大は9月27日から後期の日程がスタートしています。

ヘリの墜落に伴い、コンクリートやヘリの部品が散乱し、周辺の住宅や自動車にも被害が及んでいますが、これらの補償も今後の大きな問題となります。 原状回復に尽力するのはもちろんとして、米軍ヘリが墜落したことによって、その補償が日本の税金でまかなわれることはあってはならないことです。

住宅密集地に存在する普天間飛行場を、辺野古沖へ移設する計画が進んでいます。

しかし、先日行われた世論調査では、沖縄県民の8割がこれに反対しています。辺野古沖にはジュゴンを始めとする貴重な生物が生息していることも一因ですが、それ以上に問題なのは、

 「ヘリが墜落した? では、この基地は危険なので新しい基地を作りましょう。」

という考え方が、多くの県民には理解できないのだと思われます。

県民、ワジってます。

宜野湾市を始めとする周辺市町村の首長は一様に基地の早期返還を訴えていますが、県知事の意志はかたくなに辺野古沖へと向かっています。 9月12日、沖縄国際大で市民大会が開催され3万の市民が集まりましたが、県知事は「宜野湾市民の大会だから」という理由で欠席しています。

一方で、事故後、県知事は首相に面会を求めていましたが、実際に実現したのは事故発生から12日も後のことでした。

9月21日の日米首脳会談で、在日米軍再編問題に関し「沖縄の負担軽減に配慮し努力する」ことが合意されました。

とりあえず、良かった。

。。。と、思ったのも束の間。
その8日後、事故原因に対して県民に納得のいく説明の無いまま、墜落したヘリと同型機の訓練が再開されました。

2004/09/30