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摩文仁・火と鐘のまつり
2004年の12月31日、深夜。
沖縄は、そして日本は、まもなく戦後60年を迎えようとしています。

若者はカウントダウン・ライブで盛り上がり、紅白歌合戦が華やかに催され、曙がホイス・グレイシーの前に2分13秒でマットに轟沈していた、その頃。 沖縄戦終焉の地・糸満市摩文仁の平和祈念堂では「火と鐘のまつり」が厳かに行われていました。

誤解のなきよう申し上げておくと、魔女狩りをしているわけではありません。
コワイ人たちじゃないんで、どうぞこのまま本文を読み進めて下さい。

さて、火と鐘のまつりでは参加者がたいまつに火を灯し、沖縄戦で亡くなった人々の鎮魂と平和を祈願します。 たいまつを持った参加者は、階段を一歩、また一歩と登り、頂上の大広場を目指します。

今この場では、国籍や性別、年齢といったものは全く意味を持ちません。
大切なのは平和を祈る気持ち。それだけです。

外国人やうちなーんちゅ、観光客からオジィ・オバァ・子供に至るまで、実に様々な人たちが“同じ志のもとに”たいまつを掲げていました。

イベントはいよいよクライマックスを迎えました。

大広場の聖火台を参加者が輪で囲み、全員で戦後60年を迎えるカウントダウン。
「その時」を迎えると同時に、平和の鐘が打ち鳴らされました。

摩文仁がなぜ沖縄戦終焉の地と呼ばれているかというと、1945(昭和20)年6月23日の未明、日本軍の司令官がこの地で自決しているからです。 これをもって日本の組織的抵抗は終わったとされています。

沖縄では6月23日を「慰霊の日」と呼び、沖縄中が喪に服します。
このため、官公庁や学校はお休みとなりますが、民間企業の多くは普通に出勤日です。(なんでよー)

火と鐘のまつりが終わった後、私は沖縄平和祈念像に参拝してから帰りました。

高さ12メートルの像の下には、世界72ヵ国から寄せられた「世界平和の願いを込めた石」が眠っているのだそうです。

2005/02/21